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<<   作成日時 : 2011/03/30 22:08   >>

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3月28日朝日新聞夕刊
「試される言葉・問われる私」−あさのあつこ(作家)

 あらゆるものが剥き出しになった。人の高貴さも愚劣さも、優しさも姑息さも、国のあり方も人の生き方も、ことごとくが仮面を剥ぎ取られ、さらけ出された。そんな感覚がしてならない。
(中略)
 試されているのだと思う。言葉の力が試されている。おまえは、どんな言葉を今、発するのだとこれほど激しく問われている時はないのではないか。被災地に必要なのは、今は言葉ではない。物資であり人材であり情報だ。けれど、まもなく本物の言葉が必要となってくる。半年後、1年後、10年後、どういう言葉で3月11日以降を語っているのか、語り続けられるのか。ただの悲劇や感動話や健気な物語りに貶めてはいけない。ましてや過去のものとして忘れ去ってはならない。剝き出しになったものと対峙し、言葉を綴り続ける。3月11日に拘り続ける。それができるのかどうか。問われているのは、わたし自身だ。  

                   
 いま日本中が、一種の躁状態にあるように思える。激しい感情の揺れが一種の酩酊を生み、祭りの高揚にも似た集団心理を生み出している。タレントやスポーツ選手等の「頑張れニッポン」という言葉や「日本はひとつ」的な言葉が呪文のように繰り返され、彼らの美談も紹介される。もちろん彼らは真摯であるし、相も変わらず愚劣さから抜け出せない一部の人間もいるなか、その言葉や行動は正しく評価されるべきであろう。彼らのメッセージによって義援金を出す多くの人がいることも忘れてはならない。それはやがて被災された方々に役立っていくのだから。現在この時点では、この高揚もやはり必要な過程なのかもしれないと思う。
 しかし、それでも断言できるのだ。あれらの言葉によって、3月11に剝き出しになった<喪失>が、修復されることなどいっさいないのだと。メディアが呼びかける「絆」という言葉もまた、「絆」がなんであるのか問われることもなく使われているが、それでは、この喪失がもたらした深い問いは無視されたままだ。私たちが直面したものはいったい何なのか。そしていま、私たちのなかで変革を促すそうとする根源のものは、どんな言葉を私たちに求めているのか−−新聞に載っていたあさのさんの寄稿文は、震災後はじめて目にした本物の言葉だった。彼女は、同じ紙面に寄稿していた他のエッセイストのように、この問題に解答めいたものを与えてはいない。いやほんとうは解答など安易に出せるはずもないのだ。まずは絶句すること、そこから深く言葉を求めていくより他はない。問われているのは、私であり、言葉であり、新しい価値観だ。

<あさのさんの言葉に深く共鳴したので、紹介をかねて記事にさせていただきました>






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コメント(6件)

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あさのあつこさんの作品は読んだことありませんが、
この言葉には共感するものがあります。
言葉を使うすべてのものへのメッセージですね。
於兔音
2011/03/31 23:55
於兔音さん
あさのさんは児童文学からSF、ホラー、時代小説
まで手がけているかたのようです。
何かピントがずれた発言が多い中、核心を突いた言
葉に、目の前のベールが引き剥がされたような感を
受けました。



E・G
2011/04/02 07:50
偶然ですが、私も数日前に、あさのさんの寄稿文に重なるような文章を新聞で見つけました。
「新しい言葉への出発」というタイトルで書かれたそのエッセイを、
ブログにも紹介したいとおもい、切り抜いてとってあったのですが、
書けないままになっていました。
本当にこれほどの深い喪失の前には、何を言っても虚しく感じられ
ふさわしい言葉がみつかりません。
やがて必要となる本物の言葉、それを語るためには
やはり新しい価値観が求められるのでしょう。
そして本物の言葉、新しい価値観が生まれて、初めて本当の意味での再生に繋がっていくのかもしれない、そう思えてきます。
はるママ
2011/04/03 00:22
はるママさん

「新しい言葉への出発」、読んでみたいです。ぜひご紹介ください。
何を言っても嘘っぽい、あるいはこの非情な現実から遊離していると
いう気持ちが拭えません。
何を言っても虚しいというのは、ニヒリズムという津波に精神が襲わ
れたからでもあるでしょうね−すべてが虚しく、無価値、無意味なの
ではないかという。
いまの日本は、このニヒリズムへの拒絶、反動で沸騰しているような
状態だとも思います。この高揚が落ち着き始めてからが、ニヒリズム
とのほんとうの対峙が始まるのかなと思います。
E・G
2011/04/03 20:49
こんばんは。
このところ忙しくしていて、遅くなってしまいましたが、
昨日ようやく『新しい言葉への出発』ブログに紹介することができました。
お時間のあるときにでも、またいらしてくださいね。
はるママ
2011/04/08 22:17
いま訪問させていただきました。
やはり心ある人は「言葉」に敏感になるのでしょうね。
言葉など無力だと言葉を放り出すのでも、言葉でかんたんに人を勇気付けたりなぐさめたりできると思い込んでしまうのでもなく、虚飾を剥ぎ取られてなお残る言葉の「ほんとう」を求めずにはいられなくなるのでしょう。
また後で伺って、コメントさせていただきます。
E・G
2011/04/09 09:57

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