森への道

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zoom RSS 川の流れの果て

<<   作成日時 : 2012/11/22 20:33   >>

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父が亡くなった。
臨終の時も葬儀の時も、やはり涙は流れなかった。
病院では、妹が泣いて父の遺体に取りすがっていたが、なんだか遠い光景のように視界の隅に映るだけだった。
ぼくは冷たい人間だろうか?
おそらくそういうことではないのだろうと思う。
ぼくは、たぶん他の人とは死の捉え方が異なっているのだ。

いつの頃からか、父のかなしみをぼくは感じていた。
感じる−ということにおいて、ぼくのたましいのフィールドは父のたましいのフィールドとゆるやかに重なっていた。
いまもなおその重なったフィールドにおいて、父は生きている。
むしろいま、父はより確固とぼくのなかで生きているのではないだろうか。

一個の人間が存在したということ、存在したものが存在そのものへと還っていったという単純な事実。そのことがぼくのたましいをしずかに揺さぶる。
揺さぶられたたましいは、存在の海の記憶をフラッシュバックさせ、川の流れの果てへと想いを運んでいく。
おそらく、ぼくにとっての供養とはそういうかたちのものなのだ。

泣くということで実は遺族は故人を忘れるための第一歩を踏むのだが、ぼくは決して忘れないために、たましいの海の遥かなひろがりをみつめている。






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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
E・Gさん、お疲れ様でした。
まずは、ご自身を御労わり下さいね。

実感と云うのは、実は驚く程身近な事に対してのみ用いる感覚だと、今更ながらに感じるのはこんな時なのでしょう。
私は、何時の間にか両親特に父との距離を感じるようになり、実在しながらも既に身近な存在として感じる事はなくなっています。
独り立ちする事は、そう云う事も内包しているとは云え、人は孤独を重ねてゆく哀しい生き物なのですね。

父親と関わりで作り出された私のアイデンティティは、私の一部とは云え小さくはありません。
父と子という血の繋がり、断ち切れない絆、柵
例えそれが過去となっても、私と存在させる決定的な一因となった事に変わりは無いのです。

その時、そしてそれ以降、私は私自身にどう対峙し変わって行くのでしょう。
まあ、それは経験しないと判らない事ですが。

少ないながらも、幾らかは人の死を経験しました。
その中で悲嘆を繰り返す事で見えて来た事は、自身のアイデンティティの喪失と再構築にあるのだと思えます。
それは今の自分は、何者であるのかと云う事。
両親の子供である私、誰某の友人・恋人である私、会社での上司や同僚と働いていた私、etc。

悲しいのは、その中の大切な相手を亡くしただけではなく、同時に自身のアイデンティティの一部をも喪ってしまったからでしょう。
手探りで新しいアイデンティティをつくり見出すのは、とても時間のかかる事です。
そしてこれは、一部でありながらも自分を変えてしまう事、それ故、無意識にそれを知っているから、亡き者を蔑ろにしている事になるのではないかと畏れてしまい、自分を責め、悲嘆に暮れてしまうのだと思います。
それは、両親や自分の子供であるほど重く、恢復に時間が掛かる事になるのでしょうね。

私も覚悟しなくてはいけないですね。
Tycho
2012/11/24 02:10
Tychoさん
お心遣いありがとうございます。

昔は父親の存在をあまり感じなかったというのが正直なところです。
子どもの頃に特に遊んでもらったという思い出もありません。子どもに対して不器用な態度しか取れない人だったのです。

ただ、何かと子どもを支配したがった母親よりも、淡白な父の態度のほうが僕にとってはよほど好ましいものでした。
母は父に対して厳しいひとだったので、ぼくは自然と父に同情するようになっていきました。
ぼくのささやかなサービスや言葉かけだけでも嬉しそうにしていた父の笑顔を思い出します。

ある日の思い出話に、父が幼い日のぼくを肩車して海をよく見に行ったということを語ってくれました。父に遊んでもらった記憶のないぼくでしたが、その瞬間、鮮烈にその光景がよみがえったのです。何しろ2、3歳頃のことなので具体的な記憶がよみがえったというわけではないのですが、そのときの情感がリアルによみがえったというか、そのときの時空に引き戻されたような感覚に襲われたのでした。
たましいにおいて父に触れた、はじめての経験といえるでしょう。

Tychoさん
自分のアイデンティティを喪ったと思わせるほどの別離ならば、やがて返す波のように、そのひとの思い出が、いつかご自身のアイデンティティを構成する重要なモナドになるのではないでしょうか。
E・G
2012/11/25 20:41
そうですね
アイデンティティと云うのは、今あるものが自身の見当識を決定付ける為にそれを最優先しますが、今は喪ってしまった過去のアイデンティティも自分を成立していた以上、確かに存在していた訳ですよね。
喪失と再構築は、今とこれから先であって、生きていく上での処世の為です。
本当は、再構築というより、自分をより良くする為の更新なのでしょう。

だから未来の私は、その亡き人への"想い"と"思い出"を大切に所有するだけで良く、自身の変化は本来関係ないのです。
でもねその時は、頭で判っていても受け入れられないんですよ。

現実の私と並走する存在が、不本意に過去の存在になったとしても、今実体が無いだけで呼び出す事は可能なのですよね。
それ故、悲しみに暮れるかもしれないけれども。。。
その立ち現れもモナドと呼べるならば、思い出という時間も実感として存在できるのでしょう。

心の支えとしている大森荘蔵の"記憶について"は、今でも強く胸を打ちます。
時々、思い出すように読んでは、胸に仕舞っていたささやかな経験を引っ張り出し、静かに頬を濡らす事にしています。
それによって、当時の突然訳も無く涙が出てくる事もなくなりました。

少しだけ引用します。
"しかし、では死んで久しい亡友を思い出すときもその人をじかに思い出しているのか、と問われよう。わたしはその通りであると思う。
- 略 -
生前の彼がそのままじかにあらわれるのである。『彼の思い出』がかろうじて今残されているのではなく、『思い出』の中に今彼自身が居るのである"

この言葉たちは、当時、同様にそう自分でも思いたい心理と現実の受け入れ難さの葛藤の中で、それで大丈夫だよと云われたようでス

ッと胸に落ちたのでした。
Tycho
2012/11/27 03:02
『彼の思い出』がかろうじて今残されているのではなく、『思い出』の中に今彼自身が居るのである−大森荘厳氏の言葉、ほんとうに素敵ですね。

思い出なんて感傷に属するものだと思っていた時期もありましたが、いまではそれが実体であると、わたしのなかで告げるものがあります。

思い出とはたんに脳が覚えている昔の出来事という類ものではなく(もちろんそのイメージを契機としつつも)、いまわたしのなかで生きている現実なのですね−個人としてのわたしはやがて消えるとも、思い出の総体としてのわたしは、時空を超えて生きるのでしょう。


E・G
2012/11/27 23:36
E・Gさん、お父様のこと真にご愁傷さまでした。
私もこの夏、父が臨終を迎えた時、不思議と涙がでませんでした。
悲しくないわけではなかったのですが、それよりも、
不本意なところもいくらかはあったものの、それでも
父ができる限り穏やかな最期を迎えることができたという、
自分自身に安堵感のようなものがあったからなのかもしれません。

病院で穏やかに最期を迎えるということも、なかなか難しい時代ですから。
少しでも延命をしようとする医師と、
少しでも苦痛を取り除き少しでも穏やかに父を逝かせてあげることを
第一にしていきたい私たちの想いとの闘いでもあったようにおもいます。

医師にとっては「死」は敗北を意味するものですから・・
しかし、私には「死」はもっと自然なものというか、
誰しも生きてきたように死も必ずやってくるもの、
敗北でもなく、生の延長のようなもの。
E・Gさんがおっしゃる、

>一個の人間が存在したということ、存在したものが存在そのものへと還っていった

これが、わたしにとってもとてもしっくりくることばです。
生がすべて、死はすべての終り、
一般的にはそのような考え方が普通なのでしょうか。
だとしたら、私もやはり死の捉え方が違うのかもしれません。

そうはいってももちろん悲しくないわけではなく
現実世界であうことができないのは
やはりとても淋しいものですが・・
でも、自分の中に故人がいてくれているという感覚は
いつも感じていますから。
そして私自身もいつかはまた父や娘とおなじところへと還っていくのですから。
そう考えれば、死は永遠の別離ではないのだとおもえてきます。
はるママ
2012/12/01 12:45
はるママさん
はるママさんのお父様が亡くなられたのも最近のことでしたね。

思い出という場空間のなかで、故人はいつも笑顔で語りかけてくるようです。
そしてその場所では、自分を知ることが故人を知ることになるようですね。
E・G
2012/12/01 23:55
心からお悔やみ申し上げます。
S子
2012/12/03 21:28
S子さん
お心遣い、ありがとうございます。
E&#8226;G
2012/12/05 09:13
涙納めとか小祥忌とは云いますが、折に触れ、心此処に在らずとなるかと思います。

時は、容赦なく季節を巡らします。
おそらくは、喪失感がひときわ強くなる時期でしょう。
どうか、ご無理なさらずに。

私の身近にもこの夏、大きな事が起こりました。
弟が亡くなり、こんなにも心と云うものは弱いのかと実感している次第です。
ただそれよりも、母の悲嘆がとても強くて、その対応に日々を費やしています。

私は、この間涙を忘れて過ごしてきました。
日々、大した用もなしに徒な多忙を作り出し、其れに乗っかって事実の受け入れを拒否してきたように思います。

ただそれでも、時の空隙を突いて悲しみが襲って来ます。
其れに対峙せず逃げ回っている私。

このままでは、いつかたぶん、心が折れてしまいそう。
心の平衡を保つ為に、何かをしなければとは思うのだけれども。。。

沢山の想いを何処かに綴って於こうかと、そう、捌け口の一つでもないとね。
事実の整理にもなるし。。。

兎に角、やっと何かをする気になりました。
Tycho
2013/11/17 02:21
tychoさん
お気遣いありがとうございます。

日頃、心というものに惑わされないよう、大きなたましいの一部としての自分を意識していますが、そもそも意識していること自体が心の働きであって、結局生きている限り心から逃れることはできないんですよね。

心は幻であっても痛みは本物です。
tychoさんもご心痛が絶えないご様子ですが、その痛みが少しでも和らぎますようお祈り申し上げます。

さて、それでも行動を起こされる気持ちになられたとのこと、良かったです。

一方、わたしはというと、特に父のことを引きずってということでもないのですが、ネットを含め世の中のあらゆることに関心がなくなってきているようです。
このままで自分はいったいどうなってしまうのだろうと、正直怖い思いをしているこの頃でもあります。

生きていることに意味はない。ただ時が早く流れてしまえばいい、という気持ちに傾くのはニヒリズムという病なのでしょうか。
かといってニーチェのように、ニヒリズムに徹することで生を肯定する、などと屁理屈をつけても気が滅入るばかりです。

でも、tychoさんの「たくさんの想いを何処かに綴って•••」という言葉に何か閃くものがありました。

「想い」というものは自分から出たようなもののようで、自分を超えたものなのかもしれませんね。
わたしももう一度虚心になって「想い」に向きあってみようかと思います。
どうもありがとうございました。
E&#8226;G
2013/11/19 20:08

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