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<<   作成日時 : 2013/01/26 20:00   >>

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
鏡のむこう
手をさしのべて一瞬ふれる…
いえ、そういう気がしただけ

でも、きっと
すれ違っているのではなく
あちらとこちら
寄り添っているのです
そう思いたい。

ですよね(^.^)
於兔音
2013/01/29 22:05
於兔音さん

寄り添いそして、一瞬たしかに手の温もりを感じ、次の瞬間には砂となって崩れる影•••追い求めるものは夢幻であり、追うわたしたちも夢幻であるゆえに、狂おしいほどわたしたちは実在です。

あ、なんだか山田正紀っぽいかな?^ ^
EG
2013/01/31 20:00
技術の到達したひとつの高み
世代交代した新しい希望の塔としての存在
言葉の違う人々がこの塔を見上げ集うところ
そして、電波塔としての情報発信の役割

受信地域は限られているとしても、それは地上での話。
キャリアの減衰はあるとは云え、それでも電離層を突き抜け数光年先までは、意味のある信号を伝播している。
無論、そこに受信者がいればの話ですが。

ただ、この約束の場所もいずれ、役割を終える時が来ます。
それに代わる塔が出来るのか、あるいは別のものがその役割を引き受けるのか判りませんが、人がコミュニケーションを欲する生き物である限り、容を変えてでも繰り返すのですね。

そう、実在でありながらもその実在の儚さ故に、忘れてもらいたくないと云う想いがある限り。。。

だからこそ高い塔やビルに付き纏うバベルの幻影は、肯定的に受け取りたいと私は思うのです。
言葉は違えど、想いは通じるし寄り添えられます。
別に恋愛に限らずとも、例えば災禍に遭った方々に対して差し伸べられる手に、言葉や国、考え方の違いは無いのだから。

この塔に何を見出すのか人それぞれでしょうが、巡ったり、通り過ぎたりした方々は、この塔の実在を確認しているのと同時に、何かしらを託しているのでしょう。
だって、この経験を土産にして、そこに寄り添える想い出を残してきたのは確かな事だから。
再度ここに戻ってきた時、忘却してしまった細やかな記憶の欠損を呼び戻し埋めてくれるのは、呼び戻しを可能にする何かしらの物がそこにあるからで、それが出来事の記憶を呼び戻すトリガーになり得ているからです。

実在する事の重さは、人や生き物に限らずとも、それだけ大きな事なんですよね。
Tycho
2013/04/13 01:18
かの塔には、実用的ではないという批判がありますね。テレビ電波を障害なく届けるという建前はあるのですが、その理由で巨額の費用を投じる必要があったのかと問われれば、首をかしげざるを得ないところは確かにあります。観光の拠点をつくりたかったにしても、なぜ塔なのか?

塔にはおそらく、人々を惹きつける磁力のような魅力があるのでしょう。電波塔という建前としての役割など本当は誰もあまり期待も関心をもっていないのかもしれません。
鉄とコンクリートから成る塔の背後に、あるいは眼には見えない幻の塔があるのか••? たとえ見えなくとも、人々の深層意識はそれを感じとっているのでしょう。
ひとは意識せず、実利ではない部分で塔を求めているのだと思います。

返信にあたって、自分の無意識が「夢の塔」の記事に反映されているかもしれないと思い、ネット検索してみました。すると、ユングの「石の塔」について書かれたものがあったのですが、これが興味深いものでした。

ユングは母親の死をきっかけに、チューリンゲン湖畔のボーリンゲンという地に古風な石の塔を自力で建てたのだそうです。

「最初から塔は私にとって成熟の場所となった。子宮、あるいは、その中で私が再び、ありのままの現在、過去、未来の自分になれる母の姿だったのである」

「ボーリンゲンでは私は、ありのままの、本来の自分に返っている・・・(中略)・・・それは時間の外にいて、母なる無意識の息子である」

ユングは、集合無意識の深奥に母なる存在の姿を捉えていたのでしょうか。無意識の息子という表現も面白いです。
振り返って、自分が「夢の塔」として書いたものを読んだ時、ユングに対する知識もなく、頭を空っぽにして言葉にしたものが、偶然にもユングの「石の塔」と共時的に重なっていたことに不思議を感じたのでした。

E・G
2013/04/14 20:54
一体、人は塔に何を求めているのか。
古来より人は無防備に、頭を上げて空を見る唯一の存在でした。
そこに何か忘れ物をしたからでしょうか?
山に登り、塔を建て、空を飛び、更には突き抜けて月まで行きました。
何かしらの満たされない思いを何処かに残しているから、人は上へ上へと突き動かされているのでしょう。

意地悪な人は、塔自体が齎す力の誇示と登った誰もが感じる高みから見下ろす支配者の気分が、それをさせるのだろうと云うかも知れません。
実の所、私はこの意地悪な視点の方に共感できますが。。。
塔の解釈については、夢判断ならユング派フロイト派共に各々説明出来るのでしょうけど、塔そのものに対しての研究は、津川康雄先生に拠れば、技術的側面がメインで文化的役割では、あまり研究されていないようです。

母と妻の死を切っ掛けに"石の塔"を造り、増築したのでしょうが、その塔は、彼自身の精神の外套に過ぎないのでしょう。
最初は、伽藍堂の状態から2階を造り、増築したりと内部を充実させて行きました。
ユング自身の"箱庭療法"とも云えますが、EGさんの引用した様にこの塔は、成熟を促す場所であり、決して恢復のみの場では無いのですね。

彼にとって"石の塔"は"必要"ではなく"必然"であり、それは自分を投影した象徴。。。
そして、中の伽藍堂こそ彼が望んだものであり、"母なる無意識の息子"であるユングの意識と、"集合的無意識"の繋がりを彼は見ていたのかも知れません。
それは、"補償作用"の確認の場であるとも云えますね。

"石の塔"をグーグルで見に行きました。
検索座標 47.220939,8.905242
見学は出来ないようですが、いつか見に行きたいですね。

意識を"場"とするなら、波及し共鳴するのも然り、人の存在意義は、或いは伝播塔なのかも知れません。
Tycho
2013/04/26 01:49
「伝播塔」という表現は素敵ですね。
塔が力や支配の象徴ならば、塔にとらわれのお姫様がいるという物語にも神話的普遍性があるのかもしれません。
塔自体は高く冷たく拒絶的ですが、塔の内には高貴な魂があって
見えない波動のように美しい想いを発している•••
到達できない高貴さへの憧れが、塔を仰ぎ見る人々の潜在意識のなかにあるのかもと想像するのは楽しいです。

偶然ですが、昨夜の「美の巨人」で牧野邦夫「未完成の塔」という絵画を紹介していました。写実と幻想の入り混じった技法的にも面白い作品ですが、一番面白いのは、人を描きたいと常々言っていた画家が、なぜか晩年にかけて塔を描くことに精魂を傾けたというところでした。

人と塔はこの世ならぬ次元でひとつに溶けあっているかのようです。
E&#8226;G
2013/04/28 19:37

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