唯脳論の時代とたましいの行方

いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん 
            『論語』-孔子

娘が大きな綺麗な目をぼくに向ける
赤ん坊と同じまっすぐな視線だ。
何かをじっと見つめているとき、優しく笑っているとき、何故だかわからないが深い悲しみにうつむいているように見える時、ぼくは、娘のたましいを感じてはっとする。
娘は脳に機能障害があるので、言葉はあまりしゃべれないし、日常生活をひとりでこなすこともできない。
けれど余計な?心の働きがないだけ、より広いたましいの力が娘をみたしているようにも思われる。
ぼくはもしかしたら、いつもある種の神秘に触れているのかもしれない。

しかし、いまや唯脳論の時代、脳や脳科学、頭を良くするなどという言葉が絶えずマスコミを賑わし、脳がすべてであるかのような常識が生まれつつある時代だ。
そんな脳ばかりが重んじられ、たましいを感じる力を失いつつある現代人にとって、脳に障害がある人間など役に立たない人間、せいぜい同情を傾けられるほどの存在でしかなくなってきているのではないだろうか。
これはぼくの僻目ではなく、ただ実感として肌に感じられるだけなのだが。

国会で臓器移植法の改正?が可決された日、いよいよその感を強くした。
可決の瞬間、臓器移植を受けられないままわが子を失った夫婦の涙の映像が流れた。
過去にマスコミは何度もそのような映像を流し、人々の同情心を誘ってきた。
しかし、いよいよ脳死を人の死とし、15歳未満の脳死と判断された子どもの臓器移植が親の同意だけで可となる法改正が決まったその日、あるTV局が臓器を提供する側になるかもしれない親子の映像をはじめて映していた。
かなり重い脳の障害を持った子のお母さんが、「わたしにとってこの子は生きているんです。この法改正は本当に悔しい」と涙を流していた。
ぼくにはこのお母さん気持ちが良くわかる。
すべてに公平であるべき国会は、少なくとも双方の涙を同等に斟酌して、この法律を審議すべきではなかったのか。
もっともこの法改正があったからといってすべての脳に障害のある子どもが、ただちに臓器提供を促されるような事態になるわけではない。
それは法改正賛成者側も認めていることだ。
また、このお母さんにしてもそれはわかっていることだろう。
けれどほんとうの問題はそんな法律上の線引きのことではない。
脳に障害がある人間の存在意義を失わせてしまうような思潮を、この法律が加速させるであろうことが問題なのだ。
死が何かについて宗教家や哲学者でさえ結論を出すことができない。
まして人の死についてつきつめて考えたこともいない政治家が、安易に決められるはずもないことなのだ。
障害者も健常者もなく、生きるということ、存在するということがどういうことなのか、厳しく問われる時代になった。
しかし、いったいどれほどのひとがそのことに気がついているだろう?

ぼくは、やむをえずこの法律を通すなら、脳死がひとの死だなどという臓器移植法を通すための苦しい前提条件を撤廃したうえでこれを許せばいいと思う。
生と死の定義を個々に委ねるならば、移植する側、される側にとって臓器移植という行為はおそれや苦痛を伴わずにはいられない決断となるだろう。
しかし本来このような行為が、法律さえ決まればなんの苦痛ももたらさずにやれると考えること自体がおかしいことなのだ。
法律で脳死は人の死と決まったから安心して臓器移植できると考える、その感覚こそが問われるべきなのだ。

臓器移植・・この言葉に根源的違和感と不安感を覚えるぼくのような人間は古いのかもしれない。
けれどどんなにぼく危惧したところで今後国内の臓器移植は確実に増えていくだろう。
今後、病院などの現場で、脳障害児の親が臓器の提供を周囲から期待されて精神的に追い詰められるるというような事態が起こってこないか、その一点だけは厳しくみつめていきたい。

<脳に障害のある人間は役に立たないのだから、せめて新鮮な臓器を提供すること>
まさかそんな冷たい言い方をするような人間は少ないだろ。
しかし暗黙の了解としては大方がそのような思潮に染まっていくのだとしたら・・・。

たましいなき時代、そんな時代の入り口で、存在者が存在することの奇跡を改めて考えていきたい。

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この記事へのコメント

はるママ
2009年07月22日 00:58
私も、今回の臓器移植法改正案の可決に、違和感をおぼえた一人です。
驚きと、政治に対する失望感、虚しさから
おもわず自分のブログにも、このことについて書いてしまいました。
人の生き死に対して、たいした議論もなく、あのようにあっさりと決められてしまっていいものなのか。
今もって、納得がいきません。
EGさんの書かれていること一つ一つに共感します。

科学技術が医療の場にどんどん入ってきたことで
生物学的いのちばかりが尊重され、人のこころというものが
二の次にされてしまっているように思えます。
E・G
2009年07月22日 21:57
はるママさん!
ありがとうございます。とても勇気付けられました^^
はるママさんのブログを見させてもらったら、ほんとう
に同じ思いでしたね!(はるママさんブログ)↓
http://m-haruka.blog.so-net.ne.jp/archive/200906-1
柳田邦男の「いのち~8人の医師との対話」のなかで語
られる2人称の眼差し・・胸に沁みました。
miu
2009年07月26日 23:52
EGさん
イデアの旅人は森へ向かって旅をしていのですね。
或いは森の中でイデアの旅をしていたのか・・
どちらにしても旅の過程の中で、他の誰よりも
自分を見つめられてきたのだと思います。

これ迄読んだ本の中で一番心を揺さぶられた本が、柳田邦夫の
「犠牲・サクリファイス」でした。初めて「脳死は人の死ではない」
という事や、心の葛藤を深く考えるきっかけになった本でした。
EGさんの を読みながら、その時感じた思いが重なりました。

脳死ではありませんが、アルツハイマーは脳が萎縮します。
私は今でも母の繊細で微かな心の揺れや、変化、訴えを
見逃していたかもしれない事を感じ、アルツハイマーの母と
本当に向かい合えていただろうかと、自責の念に駆られてます。
5年間、実は自分の方が危なっかしかった事を感じました。
今、人との関わりを積極的に持てないのは、心の深い部分で
立ち直れずにいるからなのかも。。暗いコメントでごめんなさい。

エッセイ「恋について」の中の「葉隠れ」これは世阿弥の花伝書
「秘すれば花」に通じますね。

大切な事に気づかされるEGさんの魂の探求(時にジョークも!)
楽しみにしています!
E・G
2009年07月27日 20:27
miuさん、こんにちは!
イデアの旅人は、時間と空間にとらわれない旅人ですから
常に永遠の現在のなかにいます。気がつけばそこに森があ
るわけですね(禅問答みたいですが:笑)

miuさんのお母さんの話から「アルジャーノンに花束を」
というダニエル・キースの小説を思い出しました。
知能と魂の美しさはまったく無関係であるということをこ
の小説から学びましたが、人間とは頭脳も肉体も必ず衰え
るものだという冷厳な真実もテーマの裏にあったように思
います。-さてそれならばひとは歳を重ねながらどう生き
るべきなのか-

脳ブームやアンチエイジングブームというものも、このあ
たりまえから眼をそむけた抗いかと思われます。かく言う
ぼく自身もつい抗ってしまいますが、結局は変わらない自
分、魂としての自分に沿って生きることが究極のアンチエ
イジングなのでしょう。

暑い日が続きます。介護は相当に疲れるでしょう。miu
さん、お身体を大切に。

まじめなことばかり書いていると、無性にバカなことを言
いたくなるズッコケE・Gですが、これからもよろしくお
願いします。
Tycho
2009年07月31日 22:40
お久しぶりです。

私は、臓器提供(腎臓)を身内から望まれています。
正直私は、彼へ腎臓の提供をすることに躊躇しています。
私自身、透析はしていませんが、彼と同様に腎臓が弱いということもあり、それを言い訳に提供を拒んでいます。
今の時点では、私は、今後も提供はしないと思います。
ただ彼が、それが原因でいよいよと云う時まで、私は、言い訳を続けている冷たい人間でいるのかは自信がありません。
考えと云うものは、その時々やその場で変わることもあります。
ひとは社会的動物だから、外部との関わりも当然あります。
提供する決定権は、私自身にあるはずで、外部からとやかく言われることでは無いのだけれど、自分には、格好良く見せたい部分も当然持ち合わせており、周りや身内からの評判を気にする自分もいます。
たいした事ではないですが、その折々に思い出しながら、もう随分と長い間葛藤が続いています。

と一応、立場表明したので、思うことを少し書きます。
改正臓器移植法案の決議に則ってなのかは知りませんが、賛成か反対かと二手に分かれた手法をとって報道されていましたが、本来この問題は、どちらか一方だけでの見方で語れる事なのか甚だ疑問です。そう云った分け方をするのは、やはり当事者では無いからだと思えてしまうのです。
TVで流されている臓器提供を待つ(願う)親と脳死状態のお子さんを持つ親のお話は、賛成・反対と云った判りやすい話では無いと思っています。
これは、この方々が今置かれている状態からの意見表明であって、もし自分のお子さんがそのどちらか状態に陥った時には、親としてその立場で子供が最善な状態になり得るものを希望すると思います。
Tycho
2009年07月31日 22:43
賛成・反対をそのまま、(それぞれの立場を想像して)どちらが良くてどちらが悪いのかと言い換えてみて、考えると良く判ると思うのですが。。。もう少し興味本位ではなく、きちんとした報道をして欲しいものです。

この改正法案の成立については、もちろんいろいろな意見があると思います。
個人的には、この法案自体の正当性に疑問を感じています。
片方で信条・宗教の自由を謳っておきながら、国の提示した考えを改正臓器移植法に載せて、個人の死生観を揺さぶる。国が個人的な死についての考え方について口を挟むことは、本来、大きなお世話であり、パターナリズムの濫用でしかない。
とは云え生命の尊重の立場から考えると、持てる医療技術を利用しないのもおかしいし、そのための法的規制のガイドラインが必要なのも良く理解できます。

しかしながら、誰も真剣に考えてくれないまま成立したこの法案は、大きな犠牲を強いる事が絶対に無いとは約束をしてくれません。
時の流れのままに施行され、やがて移植が進み、誰かの臓器提供時の何らかの疑問で、その親が大きな声を上げない限り気付かない怖さがあります。
それを一番畏れているのは、提供するしないに関わらず脳死状態のお子さんを持つ方々です。彼らを安心させられないままで、法案を通した責は重いのです。

また、臓器提供を認めた人へのフォロー(その判断について、一生自問し苦悩する事)や、臓器提供をした側や受けた側、その両方に起き得る身内や事情を知る他人からの言動により受ける被害、さらに、美談で片付ける報道の功罪(それ故に、最初の移植報道が重要で気になります)
それから、移植した医師の不安(裁判や殺人罪での警察の介入)、一寸考えるだけで出てくるこれらの事について、この不安にどういう風に対応を取るのか報道から何一つ伝わってきませんでした。
Tycho
2009年07月31日 22:43
医療には、インフォームド・コンセントがあります。
語ることから紡ぎ出される信頼感が無いまま、出された結論に賛意を寄せることは出来ないのです。
非常にナイーブで、個人的な命の問題を取り扱うのに、政治家のみで事を決める乱暴さには疑問があります。
これだけ情報通信も発達しているのに、国は個人の意見を汲み取れるようなシステムもまともに構築出来ていません。
政治にも、このシステムがあればいいのにと思います。
語り、聞いてもらえる事は、安心できることだと思うのだけれども。。。

つらつら長くなりましてスミマセン、少しだけ語りたくなりました。
E・G
2009年08月01日 21:31
こんにちは、Tychoさん
お久しぶりです。そしてコメントありがとうございます。

Tychoさん自身がまさに直面されている問題だからこそ、よりおっしゃることが切実に伝わってきます。
ぼく自身が同じ立場になった場合でも、相当に躊躇するだろうし、結論を出せない状態が続くでしょう。ぼくの眼から見てTychoさんが冷たい人間だなんてまったく思えませんが、それが自分自身の問題になった場合は、自分を冷たい人間だろうかと自問することもまた予測されることです。
ほんとうにデリケートで難しい問題ですね!

けれど、Tychoさんにこの問題を深く掘り下げでいただいたことで、いっそう見えてくるものがあったように思います。
広くこまやかな思いやりのなかで生まれた法律ならば(その場合、こんな拙速に結論が出るとは思えませんが)、その後の当事者へのあたたかいフォローも期待できることでしょう。しかし人間を臓器の集合物としか見ず、医療ビジネスという枠のなかで今後あたりまえのように臓器移植が行われるのならば、非常に大切なものを喪失した人類の未来像がそこに見えてくるような気がします。
「進歩」、「便利」、「スピード」・・世界を豊かにするキータームがこれらだと言うならば、ひとのこころを豊かにするそれも同じだといえるのでしょうか?
ぼくがおそるおそる「たましい」という言葉を添えたのも、ぼく自身のアンチテーゼを示したかったからでした。

臓器移植そのものに反対とか賛成とか、はっきり言い切ってしまえたら、そして言い切ってしまうことにまったく葛藤を抱かなくてすむのなら、どんなに楽なことでしょう。
しかし法改正は、そんな葛藤や不安を見ないことにして決められてしまいました。
世の中は、ますます何でもありの時代へと突き進むようですね。

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