いのちの星々

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<あなたから見れば世界は>

<神の子らの光ひしめく海でしょうか>



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この記事へのコメント

於兔音
2010年12月25日 07:02
ハレルヤ!
E・G
2010年12月25日 16:07
盛り上がっていますね!
ワインで乾杯されましたか?
S子
2010年12月26日 23:38
ふたりを「時」がさきしより
昼は事なくうちすぎぬ
よろこびもなく悲しまず
はたたれをかも怨むべき

されど夕闇おちくれて
芳の光りのみゆるとき

病の床のちごのやう
心かすかにうめきいづ・・・ボシンゲル
2010年12月26日 23:41
されど夕闇落ちくれて
星の光りのみゆるとき

<でした。>
E・G
2010年12月27日 20:42
S子さん

「海潮音」に載っている訳詩なのですね。
情感のある詩です。
最後の二行が抑えていた激情を一瞬垣間見せて、
また夕暮れのなかに閉じられたように。

マイスター・エックハルトによれば、神は人が
苦しまずに人生を送ることを望んでいないのだ
そうです。
なんてひどい奴だ、信じられない、と憤りたく
なりますが、神がすべての人間を神の子として
見ているならば、事情は少し変わってきます。

すべての人の苦しみは神の苦しみであり
神の苦しみはまた人の苦しみであると・・・。

苦しみというと重くなりますが、<感じる>と
言えば、少しわかりやすいような気もします。
<感じ>て生きることを神は子である我らに望
んでいるのかもしれません。

別離ほど人を苦悩させ、また深く感じさせるも
のはありませんね。
それは自我の苦しみを超え、神(存在)の苦し
みへとひとを誘うものでしょうか。





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