さくら往還

画像



















散るために咲くのか
咲くために散るのか

ティアドロップのように
花びらがあなたの頬を伝う


この記事へのコメント

はるママ
2011年04月16日 16:52
ピンクの色鮮やかな見事な桜ですね。
桜は染井吉野くらいしか知らないのですが、これはなんという種類なのでしょう?

桜の花には、儚さ強さとともに毎年必ず春になると咲くという
循環するいのちを感じます。
いろいろないのちの姿を見せてくれる、
だからこそ桜の花に惹かれるのかもしれません。
E・G
2011年04月16日 20:58
はるママさん

これは住宅街を歩いていて、発見した個人のお宅の枝垂桜です。
種類はよくわかりませんが、「八重紅枝垂桜」というものかもしれません。
街中で枝垂桜は珍しかったので、庭にちょっと入らせてもらって、見上げるアングルで撮りました。

真宗でいう「往相・還相」というものも、いのちの循環ととらえると、理解しやすいような気がします。いのちには本来、自他の区別はないというべきでしょうか。
歳を重ねるごとに、桜の佇まいが胸に沁みるようになるのは、いつかは私たちも桜であったからかもしれませんね。
於兔音
2011年04月17日 12:19
〉いつかは私たちも桜であったからかもしれませんね

そうだったら、どんなにすてきでしょう!
E・G
2011年04月17日 21:40
於兔音さん

なにか恥ずかしいことを言ってしまったような気が(笑)
於兔音さんはきっと大輪の花という感じですが、ぼくは鼻水ぐらいだったかも。


S子
2011年04月21日 13:17
また来年も咲くと思っていた花。
私よりも長生きをしてくれると、思っていた公園の桜。
生者必滅会者定離は、人間界ばかりではないようです。

そう思いましょう。いつかは桜であったかもしれない~♪

いずくとも知らず散りくる花弁のわが肩に触る寂滅浄土
E・G
2011年04月21日 21:05
世の中には前世の話などか好きな方がいますね。ぼくはひそかに「前世バカ」と失礼にも呼んでいますが、いのちの循環を感じているぼくも、広い意味では前世を信じているといってもいいのかもしれません。
ただし、循環するいのちのひとつの先端として、このいまをどう感じ、世界に対して魂がどう向き合うかが本当は大切なのだろうと思います。
そのような思いのなかで桜の花を見る時、世界は生き生きと循環するいのちの相として、かがやくのではないでしょうか。


S子
2011年04月22日 09:53
私みたいなちっぽけな個は…(孤でもいいのですが)
誰にも別れも告げなくて、密に消えるのをずうっと願っていました。

生きたあかしを何も残さなくても良い。
歌集も、何冊か作りましたが、ある時以来それさえ已めました。
子供たちに泣かれましたが…たくさんある写真も残さなくても良い。生きている自分が思い出すだけでいいと思っています。早く忘れてほしい~~でも、もしかしたら桜だったかもしれない前世。考えた時、次の世は桜になって、それも山桜に…人知れず花を咲かせるのも良いかな?
でも来世があるならと思うとき…それは私の煩悩です。言わないでおきましょう。EGさんに笑われそうですから。
E・G
2011年04月22日 21:36
何か複雑な事情がお有りのようですね。
ネットのお友だちも多くて、うらやましいS子さんですが、表面的
にはわからない大きな喪失経験をお持ちのようです。

来世で、ほんとうに好きな人と寄り添って咲けたら素敵でしょうね。
はるママ
2011年04月24日 10:55
>いつかは私たちも桜であったからかも・・
E・Gさんのこの呟きがみなさんの心に響いたようですね。
もちろん私にも。。

だけど、私の場合は儚く美しい桜などではなく
道端に生い茂る名もなき雑草あたりだったかも。
踏まれても枯れかけても再び・・
自分自身はそれほど生に執着がないつもりなのだけど、
案外雑草のように、しぶとく長く生き続けるのかも。

前世については・・
あるかもしれない、だから否定はしない。
だけどそうでないかもしれない、
だから「あなたの前世は・・」的なことに対しては私も
信じ込む気になれないです。
それにE・Gさんがおっしゃるように、過去生よりも
今を大切にしていきたいですね。
もし過去に生きていたとしても、こうやってそのときの
記憶をなくして生まれてきているということは、
それなりに意味があるのでしょうから。
E・G
2011年04月24日 18:00
はるママさん

同じことを思いました。たとえ前世などあったとしても、ほとんどの人が覚えてないのは、それが必要のないことなのだからだと。

今を生きながら循環するいのちを感じ、循環するいのちのなかにあって、今この時よりほかはないと覚悟する。

「永遠の今」とは、それを指す言葉でしょうかね。

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