想いの器

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現代の人は「夢想家」と云う語を古臭いやうに云って、そんな人間は日々に活動している居る實際の社會に一人も居ないやうな口気を漏します。けれども果たして其通りでせうか。人間はまだまだ傳習の夢を見て居て、折々にちょいと目を開いては微かに眞實の一片を見るのでは無いでせうか。
-与謝野晶子「夢の影響」



世界のはてで花は
ただひとつのことば
〈想い〉の器です



この記事へのコメント

Raphael
2012年06月10日 13:21
夢見がちの人にはクレマチス。
そういうフラワーレメディーがあってよく勧められました。
そんなこと思い出しました(笑)
E・G
2012年06月10日 20:07
そうなんですか。
それじゃ、自分のお葬式の時には
棺にクレマチスをいっぱい入れて
もらおうかな。
夢見ているようですね、と言われ
たら嬉しいかも。
於兔音
2012年06月12日 17:14
まぁ。素敵ですね。
私も棺クレマチスを入れてもらいたいです。
ちゃんと、遺言しないと(^^♪
E・G
2012年06月12日 21:50
わぁ、それではぜひご一緒に、ってアレ?
(^_^;)
はるママ
2012年06月12日 22:31
「古臭い」っておもいこんでしまっていること、
ほんとうはそうじゃないのに気付かないでいること、
きっと私たちのまわりにも、多々あるのでしょうね。

このごろ古いかな遣いが、
とても美しく味わい深く感じられるようになりました。
以前にはそれほど感じられなかったことなのですが・・
これも「藤村のことば」のおかげかも^^
E・G
2012年06月14日 21:19
はるママさんのブログを拝見して、も少し昔の文人の
言葉などにも触れなければと実感しました。
言葉への味わい・・・こんな贅沢はやはり若い時より
ある程度年齢をを重ねてこそでしょうね。

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